Loading

BLOG

働きたくないのに働いている歪な世界に疑問を持とう

世の中の多くの人が、できることなら働きたくないと考えています。ですが、「働かない」という生き方を選択する人は少ないわけですね。こういう”山奥ニート”と呼ばれる人たちのような生き方を選択する人は少数派です。

・【関西の議論】あくせく働かない“山奥ニート”増殖中…新しいライフスタイル?自由気ままに暮らしたい
https://www.sankei.com/west/news/160215/wst1602150007-n1.html

大半は最低限の生活なのか、より良い生活を得る為に働いているわけですね。これは、お金のために渋々労働しているとも言えます。この事実は社会の一般常識として根付いていることなのかもしれませんが、一度疑問に思っても良い問題です。働きたくないなら働かなくても生きていく方法を真剣に考えてみるという思考実験もありだと言っているのです。

その上で働くという選択をとるなら、また違う自分が見えてくるかもしれません。上記に挙げた山奥ニートや生活保護で働かなくても生きようと思えば生きられる。けれども、あえて働くという選択肢をとる。なぜか。自分の可能性を試したいから?はたまた世界の仕組みを知りたいからか。一旦、自分がやりたくないことを否定することで自分がやりたいことが見えてくるのです。

なぜ、こんな話をするかというと、多くの人はなんとなくの空気で働いているからです。社会人なんだから働くのは当たり前という刷り込みで動いている。お金も必要だし、将来的に結婚とかする場合でも就職しておかないといけないし、周りの目も気になる・・・とかですね。そういう理由から、働かなくてはいけないと思いこんでいる。自発的でないのです。

そういう人が社会に出ても誰かの役に立つことは実際問題として難しいわけです。なぜかというと、「やらされている感覚」が根底にあるからです。分かりやすい例を出すと、奥さんにちょっとでも楽してもらいたいと思って家事をやってあげるのと、嫌々やってあげるのとではどちらが喜びを生むかという話です。どちらが良い仕事ができるかと考えてもいいでしょう。このことは仕事に置き換えてもまったく同じことなのです。

「働く」という言葉が「端を楽にする」という語源から来ている通り、周りを楽にしてあげようという動機が人を喜ばせる根源になっているということです。やらされている感覚だと、どこまでも楽しさを感じることがなく、社会に価値を作り上げることも難しくなってきます。むしろ、こんなにやってやったのに誰も俺を評価してくれないといったお門違いな考えに至ったりする。

こういう類の話は人材採用サイトで書くべきことではないかもしれませんが、やりたくない人と何かをすることほど無駄なものはないと私は考えています。どの会社でもそうですが、そういう人たちで寄り集まっても結局は体裁だけ整っった中身のないものが生まれるだけなんですね。そういう商品やサービスって世の中にたくさんあるでしょう?だから、あえて書くわけです。

働きたくないなら一旦働くことを全否定してみよう。その上で仕事というものを真剣に考えてみることをおすすめします。

モノづくりの現場に「仕様書」はあってないようなもの

単純な事務作業でも付加価値を生むことはできる

関連記事

  1. 群れるな

    2019.02.14
  2. 本は読まなくていい?

    2018.02.25
  3. 変化を恐れること

    2018.11.08
  4. 仕事とプライベートはわけるべきか

    2018.10.08
  5. 生きがいとは何か

    2017.09.22
  6. 通勤ラッシュを疑え

    2018.08.06

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

コメントするためには、 ログイン してください。
PAGE TOP